食卓に陶磁器とガラスしか見なくなったのはいつの頃からでしょうか。
漆の家具や桐ダンスを見なくなったのはいつからでしょうか。
高くて貴重だから、手入れが大変だから、使うのは面倒?
本当はとても丈夫で、人に優しい漆器を普段使いにしてみませんか
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■My お椀
このごろ ご飯は漆の飯椀で食べている。これがめちゃおいしい!「どう」おいしいのかって?これを伝えるのはけっこう難しい。なぜならば、私のボキャブラリー・語彙がとぼしいから・・・もっとはっきり言えば覚えている単語が少ないから・・・でも、なんとか表現すると「ご飯がまろやか」? 米粒の1つ1つが元気に背伸びをしているような気がする・・・つまり、え〜と べとっとしていないのではないかと思う。
■原風景
私がご飯にこだわるのは、20数年に遡る思い出があるから。私の夫の実家は農家で、当時はよくお米をもらっていた。共稼ぎとはいえ、給料の少ない我が家では、本当にありがたかった。が、私には深刻な悩みがあった。というのは、実家では収穫時に家に必要な分量残し後を農協に出荷をしていた。お義母さんは米が足りなくなって息子達(4家族 16人)にあげられなくなったらかわいそうと、余分を残しておくので、翌年の収穫時にはまだ古米があり、新米を食べるのは正月過ぎ(まだ 新米と呼べるの?)だった。
■あと 何回?
私が、一生のうち(平均寿命を80歳として)ご飯を食べる回数は
2回/1日 x 365日 x (80歳 − 現在年齢)=???
なにこれ ご飯を食べられる回数がこんなに少ない!!それならばおいしいご飯を食べたい!とこだわった結果、やれ「魚沼産のこしひかり」だ「新米」だと騒いできた。が、ここにきて少し考えが変わってきた。これは炊き立てのご飯を、漆の飯椀によそって食べればいつもおいしいご飯を食べられる事を発見したから。
■私の推理
今までは陶磁器のお茶碗で食べていた。陶磁器というのはご存知の通り土で形を作り、高温で焼きしめる。ということは陶磁器の茶碗は呼吸する事はできない。漆器は素地が「木」である。「木」ということは??お茶碗自体が呼吸してご飯粒の水分といい関係になり、お米の一粒一粒を元気にしてくれているに違いない。どうです。皆さんも試してみませんか。
■「漆の茶碗でご飯」
食べごこちのほどは私が保証いたします。もっとも、私をご存知の方や娘からは「ミセス・ブー」といわれていますので、体型については責任を取れません。いくらおいしくてもお替りは1杯までに!! |
香川 深雪 インテリアデザイナー
住と食のトータルプロデュースをてがける。 |
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